東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9470号 判決
原告 出倉市太郎
右訴訟代理人弁護士 秋山昭八
被告 今泉シゲ
右訴訟代理人弁護士 宮沢邦夫
主文
1 被告は原告に対し、東京都大田区大森九丁目一三七番宅地一三二坪五合一勺につき昭和三一年一月一六日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 原告の第一次請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一原告の申立
一、第一次請求
1 被告は原告に対し主文第一項掲記の宅地につき売買(中間省略)による所有権移転登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二、予備的請求
主文と同旨の判決を求める。
第二被告の申立
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三請求の原因
一、東京都大田区大森九丁目一三七番宅地一三二坪五合一勺(以下「本件土地」という。)は、もと被告の所有であつて、被告の夫今泉健次郎の経営する株式会社今泉製作所に対して無償で貸与し、訴外会社の工場敷地として使用されていた。
二、今泉健次郎は昭和一八年頃訴外会社の株式全部を神田産業株式会社の代表者である神田真臣こと北村真臣に譲渡した。
三、健次郎はその際被告の代理人として北村真臣が代表者となつて引継ぐことになつた株式会社今泉製作所に対して本件土地をもあわせて譲渡した。
四、株式会社今泉製作所は終戦直後営業を廃したため、昭和二一年一月一六日及川九三郎に対して会社所有の土地建物什器備品一切を本件土地を含めて代金三七〇、〇〇〇円で売り渡した。
五、及川九三郎は同日原告に対して前記物件一切を売り渡し、同人は本件土地の登記を中間省略の方法により所有名義人たる被告より直接原告に移転することを約した。
六、よつて原告は被告に対し、本件土地について売買を原因とする所有権移転登記手続を求める。
七、原告は昭和二一年一月一六日から本件土地を自己の経営する株式会社三共機械製作所の工場敷地として所有の意思をもつて平穏公然に占有し、しかもその占有の始め善意無過失であるから、その後十年を経過した昭和三一年一月一六日取得時効が完成し、本件土地の所有権を取得した。
八、よつて前記売買による所有権の取得が認められないとしても、原告は被告に対し時効取得にもとずき所有権移転登記手続を求める。
第四被告の答弁
一、請求の原因第一、二項の事実は認める。
二、第三項は否認する。
今泉健次郎が株式会社今泉製作所の株式全部を北村真臣に譲渡した際、本件土地は引き続き被告より同会社に無償で使用させることと定め、ただ本件土地に対する税金は同会社が負担することとし、将来本件土地を訴外会社に買取つて貰うか又は返還して貰うかは後に決定しようということにした。
三、同第四、五項の事実は知らない。
四、同第七項の事実のうち原告が、本件土地を訴外三共機械製作所の工場敷地として占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。
原告は当初から所有の意思をもつて占有していたものではないし、登記簿を見れば本件土地の所有者が被告であることを容易に知り得るのに、その調査をしなかつた原告には少くとも過失がある。従つて、原告の主張する取得時効は完成していない。
証拠≪省略≫
理由
一、請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争がない。
二、≪証拠省略≫を総合すると、訴外今泉健次郎が株式会社今泉製作所の株式全部を訴外北村真臣に譲渡する際に被告の代理人として本件土地をあわせて北村に譲渡し、登記に必要な印鑑証明、委任状をも交付したが権利証は被告が紛失したため交付することができなかつたことが認められる。
≪証拠の認否省略≫
三、≪証拠省略≫によれば、株式会社今泉製作所(代表者北村真臣)が昭和二一年一月一六日及川九三郎に対して同会社所有の本件土地を含めた土地四八五坪、建物六棟、什器備品、機械器具類を代金三七万円で売り渡したことが認められる。
また、≪証拠省略≫によれば、及川九三郎はその頃原告に対してこれらの物件一切を代金七〇万円ほどで売り渡したことが認められる。
四、原告は以上の事実を基礎として被告に対し直接所有権移転登記を請求するのであるが、このように被告が直接原告に売り渡したのではなくて、その間に数箇の売買が介在している場合においてその中間の所有権移転登記を省略し被告より直接最終買受人である原告に移転登記をするためには、関係者全員の同意を必要とするこというまでもない。ところで、被告がその代理人今泉健次郎によつて株式会社今泉製作所に対し移転登記を承諾したことは、さきに認定したとおりであるが、その後の買主である及川九三郎ないし原告に対する移転登記を承諾したことは、≪証拠省略≫によつてもこれを認定するには不十分である。従つて、原告の請求(第一次請求)はこの点において失当である。
五、しかしながら、原告が昭和二一年一月一六日より本件土地を自己の経営する株式会社三共機械製作所の工場敷地として占有していることは、当事者間に争がない。してみれば、原告が前記認定のとおり及川九三郎から本件土地を買い受けて占有を開始したものであるからには、所有の意思をもつて善意、平穏かつ公然に占有するものと推定することができる。そして、証人及川九三郎の証言によれば、及川九三郎が株式会社今泉製作所から本件土地を買い受けの際被告の印鑑証明と委任状とを受け取つたが、権利証は紛失していたので、その代りに保証書を作ろうと話合をしているうちに、原告に本件土地を売ることになつたので、原告にこれらの事情を告げ、原告も本件土地が登記簿上被告の所有名簿になつてはいるが、及川に所有権が移つているものと信じてこれを買い受けたことが認められる。これに本件土地が今泉製作所の工場敷地として使用されていること、同会社所有の土地建物什器備品一切がまとめて同会社より及川九三郎に、及川から原告に順次売り渡されたことを考えあわせると、原告が本件土地の所有権を取得したと信じたのは無理もないことであつて、この点について原告に過失はないといつて差支えないであろう。そうすると、その後十年を経過した昭和三一年一月一六日取得時効が完成し、これによつて原告は本件土地の所有権を取得したということができる。
六、よつて原告の第一次請求は失当であるが、予備的請求は正当であるから認容し、訴訟費用について民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正)